「蛇口モデル」とは——獣医師が考える、保護動物と社会の新しい循環

「蛇口モデル」とは——獣医師が考える、保護動物と社会の新しい循環

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保護犬猫問題を「蛇口モデル」で考える

保護犬猫の問題について議論される際、「蛇口モデル」という言葉が使われることがあります。

これは、行き場のない犬猫が増え続ける状況を、蛇口から水が流れ続けている状態にたとえた考え方です。

蛇口から水があふれ出てくるとき、目の前の水を拭いたり、バケツで水を受け止めたりすることは必要です。
けれど同時に、開いたままの蛇口を閉めることも忘れてはいけません。

つまり、保護犬猫問題では、すでに行き場を失った犬猫を助ける「受け皿」と同時に、そもそも行き場のない犬猫が生まれ続ける「入口」を減らす視点が必要になります。

この入口を減らすことを、「蛇口を閉める」。
すでにあふれている命を受け止めることを、「バケツを増やす」。

そう整理して考えるのが、蛇口モデルです。

ただし、私はこのモデルをもう少し広げて考えることができると思っています。

蛇口を閉めるだけでなく、
バケツを増やすだけでもなく、
そのバケツをもっと魅力的なものに変え、
さらに流れる水そのものから別の価値を生み出す。

保護犬猫を「かわいそうな存在」として受け止めるだけではなく、社会の中で新しい価値を生む存在として見直していく。

この記事では、その視点から、保護犬猫問題を考えてみたいと思います。


1. 蛇口を閉める

入口を減らさなければ、問題は終わらない

水があふれているとき、床を拭くだけでは間に合いません。
バケツで水をすくっても、蛇口が大きく開いたままなら、またすぐに水はあふれます。

保護犬猫問題における「蛇口を閉める」とは、行き場のない犬猫が生まれる入口を減らすことです。

その代表的な取り組みのひとつが、TNRなどの繁殖制限です。

地域猫活動では、捕獲し、不妊去勢手術を行い、元の場所に戻すTNRが、現実的な対応として行われています。

人間が介入した繁殖制限を「絶対的な善」や「理想的な手段」として単純に語ることはできません。
それでも、現実的な受け皿や地域の合意形成の中で、繁殖を抑え、数を増やさないために選ばれている重要な対応のひとつです。

ただ、「蛇口を閉める」ためにできることは、繁殖制限だけではありません。

もうひとつ大きいのは、飼育放棄を減らすことです。

犬猫を迎える前に、医療費、トレーニング、老後、介護、住環境まで含めて理解してもらうこと。
「思っていたより大変だった」「こんなはずではなかった」という理由で手放される犬猫を減らすことも、重要な入口対策です。

そして同時に、繁殖・流通・販売による過剰な供給を抑えることも欠かせません。

需要を超えて犬猫が生み出され続ければ、売れ残る命、繁殖に使われたあと行き場を失う命、商品として扱われなかった命が生まれ続けます。

そのためには、繁殖・販売・展示・流通・飼養環境に対する実効性のある規制や監視、そして違反した場合にきちんと機能する仕組みが必要です。

蛇口を閉めるとは、単に「繁殖を止める」ことだけではありません。
人が動物をどう迎え、どう売り、どう消費し、どう手放してきたのかを見直すことでもあります。


2. バケツを増やす

すでに行き場を失った犬猫には、受け皿が必要

すでに蛇口からあふれ、行き場を失った命には、安全な「バケツ」である受け皿が必要です。

そしてこの受け皿は、保護団体やシェルターだけが担うべきものではなく、社会全体のインフラとして捉えるべきものです。

保護施設を増やせばいい、広くすればいいという話ではありません。

施設や収容数を無理に増やしても、人手、資金、医療、知識、継続的なサポートが足りなければ、関わる人も動物もQOLは下がってしまいます。

本当に受け皿を増やすためには、その先で犬猫を迎えられる家庭を増やしていくことが必要不可欠です。

そのためには、譲渡条件を過度に制限しすぎないことも鍵になりえます。

もちろん、誰にでも無条件に譲渡すればいいという意味ではありません。
一定の譲渡条件は、動物の安全を守るために必要です。

けれど、日本の保護犬猫の譲渡では、単身者、高齢者、共働き世帯、小さい子どもがいる家庭、外国籍の方、賃貸住宅に住む方などが、最初から不利になりやすい現実があります。

本当に見るべきなのは、その人の属性そのものではなく、

その人がどれだけ準備や覚悟ができているか。
どれだけ動物の特性を理解しようとしているか。
困ったときに相談でき、サポートを受けられる環境があるか。
そして、どのような動物であれば、その人の性格や生活にマッチするのか。

迎えたい人をできるだけ排除せず、必要なサポートとマッチングによって可能性を広げていく。

これが、オープンアダプション(Open Adoption)という考え方です。

保護犬猫の受け皿を増やすとは、単に「保護する場所」を増やすことではありません。
犬猫と暮らせる人を増やし、その人たちが安心して迎えられる仕組みを整えることです。

実際には、住環境の整備も大きな課題です。

特に中大型犬と暮らせる物件、猫と暮らせる物件はまだまだ限られています。
「迎えたい」という気持ちがあっても、住まいの条件で断念せざるを得ない人は少なくありません。

LIFULL HOME’Sの調査では、2025年3月時点の賃貸物件における「ペット可」物件の掲載割合は19.3%で、増加傾向にあるものの全体の2割に届いていません。

また、別の調査では、飼育意向者の62.8%が「ペット飼育禁止」を理由に賃貸住宅での飼育を断念したとされています。
迎えたい人がいても、住まいがなければ受け皿にはなれません。

つまり、バケツを増やすとは、保護団体だけに負担を押しつけることではありません。

住まい、制度、地域、支援、譲渡の考え方、そして一般の人の関わり方を含めて、社会全体で受け皿を広げていくことです。


3. バケツを、よりおしゃれに

「仕方なく受け止める」から「選びたくなる文化」へ

従来の一般的な「蛇口モデル」は、主に「蛇口を閉めること」と「バケツを増やすこと」で構成されています。

けれど、私はここに、もうひとつ加えたい視点があります。

こぼれてくる水を、ただ「仕方なく」受け止めるー
保護犬猫を「かわいそうな存在」として扱い、「助けてあげる対象」として見せ続けるだけでよいのでしょうか。

もちろん、過去につらい経験をしてきた子もいます。
医療や行動のサポートが必要な子もいます。
慎重に向き合うべき背景を持つ子もいます。

でも、保護犬猫そのものは「かわいそうで劣った存在」ではありません。

それぞれに性格があり、魅力があり、唯一無二の輝きを持った存在です。
その魅力を、正しく、そしてポジティブに発信していくこと。

それは、単なるイメージ戦略ではなく、譲渡の質を高め、結果的に受け皿を広げるためにも重要だと考えています。

保護犬猫と暮らすことが、我慢や犠牲ではなく、心豊かなライフスタイルのひとつとして認識されること。

「かわいそうだから迎えてあげる」ではなく、
「この子と暮らしたい」
「この選択が自分の価値観に合っている」
「保護犬猫と暮らすことが、自然にかっこいい」

そう思える文化を作ること。

そのためには、保護犬猫の発信にもブランディングが必要です。

ブランディングというと、商業的に聞こえるかもしれません。
しかし、ここで言いたいのは、事実を偽ることでも、動物を飾り立てることでもありません。

その子たちが本来持っている輝きを、雑に消費せず、きちんと社会に伝わる形で見せることです。

ただランダムにバケツを増やすのではなく、そのバケツを「仕方なく置かれた容器」ではなく、「選びたくなる容器」に変えていく。

そのようなアプローチも、従来の蛇口モデルに加えて有効ではないかと考えています。


4. 流れる水を「力」に変える

保護動物を、社会に価値を届ける存在として見直す

さらに、もう一歩先も考えてみたいと思います。

流れてくる水を、ただ受け止めるだけではなく、別の価値に変えられないか。
たとえば、水力発電のように、流れそのものをエネルギーに変えることはできないか。

保護犬猫の問題を、単なる負担として扱うのではなく、社会に新しい価値を生む仕組みに変えていくという視点です。

私が運営するBuddiesでは、保護犬たちが人に癒しや学びを届ける活動を行っています。

保護犬と同じ空間で働くことができるコワーキングスペース。
保護犬と一緒に楽しめるヨガイベント。
企業や施設に保護犬たちが訪問し、福利厚生やチームビルディングとして癒しや楽しさを届ける活動。

これは、保護犬を「助けられるだけの存在」として扱うのではなく、社会に価値を届ける存在として見直す試みです。

もちろん、保護犬たちに無理をさせるものではありません。
犬にとって安全で、楽しく、人との関わりがプラスになる形でなければ意味がありません。

人は、保護犬から癒しや学びを受け取る。
保護犬は、人との関わりや経験を通して、社会性や自信を育てる。
その活動が、保護犬のケア費用の獲得や新たなレスキュー、そして譲渡につながる。

これは、人にも犬にもメリットのある関係です。

動物が一方的に「助けられる側」なのではなく、人に癒しや活力、新たな気づきを与えてくれるパートナーでもあること。
その価値を社会の中で仕組みにしていくこと。

動物にも、人にも「Win」がある循環を作ること。

それが、Buddiesが挑戦していることです。


保護犬猫問題は、慈善だけでは変わらない

保護犬猫の問題は、ひとつの方法で解決できるものではありません。

蛇口を閉めること。
バケツを増やすこと。
バケツを、選びたくなる容器に変えること。
そして、流れる水を新しい力に変えること。

多角的で多面的なアプローチを行うことが必要です。

目の前の犬猫を助けることは、もちろん大切です。
けれど、それだけでは現場は疲弊し続けます。

入口を減らし、受け皿を広げ、迎える文化を変え、さらに保護動物が社会に価値を届ける仕組みを作っていく。

それらの複数の視点が揃ったとき、保護犬猫支援は「かわいそうな動物を助ける慈善」から、「人と動物が共に豊かに生きる文化」へと変わっていくのだと思います。

環境省:統計資料 「犬・猫の引取り及び負傷動物等の収容並びに処分の状況」
URL: https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/statistics/dog-cat.html
環境省:動物愛護管理法の改正について
URL: https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/tekisei/result_2.pdf

LIFULL HOME’S:ペット可物件の割合に関する調査資料(ニュースリリース)
URL: https://lifull.com/news/43335/?utm

犬との交流によるオキシトシン分泌のメカニズム(麻布大学の研究等)
URL: https://www.jstage.jst.go.jp/article/janip/advpub/0/advpub_67.1.1/_pdf


Buddies(バディーズ):
URL: https://buddies.life