「保護犬」と一括りにされがちですが、その背景によって、抱えているリスクは大きく異なります。
その中でも、多頭飼育崩壊(いわゆるアニマルホーディング)からレスキューされた犬たちは、特有の健康問題を抱えていることが少なくありません。
この記事では、その背景と、実際に多く見られる疾患・注意点を整理します。
多頭飼育崩壊という背景
多頭飼育崩壊の現場では、以下のような環境が重なっていることが多いです[1][2]。
- 避妊・去勢が行われていない
- 無秩序な繁殖(近親交配を含む)
- ワクチン・寄生虫予防が未実施
- 適切な医療介入がない
- 過密飼育(狭い空間に多数)
- 排泄物の管理ができていない
- トリミングや日常ケアがされていない
この「慢性的な管理不足」と「密集環境」が、複合的な健康リスクを生みます[1][2]。
感染症・寄生虫疾患
消化管寄生虫(回虫・鉤虫・鞭虫・条虫)
狭いスペースに多数の犬が過密状態で暮らし、適切な駆虫や衛生管理が行われていない環境では、病原体が犬から犬へと絶えず循環しやすくなります。
回虫などに加え、ジアルジアやコクシジウムといった原虫の蔓延も目立ち、これらは激しい下痢や血便、慢性的な栄養不良を引き起こします[3][4]。
糞便管理ができていない環境では、感染が珍しくありません。再感染も起きやすく、単発の駆虫では不十分なことも多いです。
なお、ジアルジアの一部の遺伝子型は人にも感染しうるとされていますが、犬から人への感染は実際には稀とされています[5]。
外部寄生虫(ノミ・ダニ)
全身に寄生しているケースも珍しくありません。重度の場合、貧血や皮膚炎を引き起こします。
過密環境では、激しい痒みを伴う疥癬(ヒゼンダニ)が大量発生していることも多く、こちらも重度の皮膚炎の原因になります。疥癬は人にも一時的に移ることがありますが、人の皮膚では長く生存できないため、人への症状は、治療が必要になることもありますが、通常は自然に治まるとされています[6]。
フィラリア症
予防が行われていないことが多く、感染しているケースも珍しくありません。
フィラリア症は放置すると心不全などを引き起こし命に関わるため、レスキュー後の最優先の検査・治療対象となります。
皮膚感染症(細菌・真菌)
不衛生な環境と免疫低下により、膿皮症や皮膚糸状菌症が多発します。
なお、皮膚糸状菌症は人にも感染する人獣共通感染症であり、特に免疫力の弱い子どもや高齢者では注意が必要です[12]。
これらのトラブルは、一時的に隔離が必要になるものもありますが、適切な投薬やシャンプーなどの管理を行えば、きちんと治せるものがほとんどです。
焦らずしっかり初期ケアをしてあげることで、犬も人も快適な新しいスタートを切ることができます。
生殖器関連疾患
生殖器に関連する疾患は、繁殖に使われてきた犬においてリスクが高くなります(※詳しくは「繁殖犬に多い病気」の関連記事で解説しています)。
多頭飼育崩壊の現場でも、避妊・去勢が行われないまま長期間放置されるケースが多いため、同様のリスクを抱える個体が少なくありません。
- 子宮蓄膿症(メス): 長期間未避妊のまま高齢期を迎えると、発症リスクが高まります。発見が遅れやすく、重症化していることもあります。
- 乳腺腫瘍(メス): 長期間のホルモン影響により発生率が上がります。
- 前立腺疾患(オス): 未去勢のまま加齢している個体では、前立腺肥大や感染が見られます。
遺伝的疾患(近親交配の影響)
無計画な繁殖が続いた環境では、遺伝的多様性が低くなりやすく、次のような疾患のリスクが上がるとされています[7][8]。
- 心疾患(先天性疾患を含む)
- 骨格異常(膝蓋骨脱臼、股関節形成不全など)
- 神経疾患
- 免疫系の異常(自己免疫疾患など)
すべての個体にこれらの問題が現れるわけではありません。
近交度が高い環境で育ったからといって、必ず疾患を発症するわけではなく、あくまで「そうしたリスクが相対的に高い環境で育った」という前提のもと、健康診断などで丁寧に評価していくことが大切です。

栄養不良と関連疾患
低栄養・筋肉量低下
適切な食事が与えられていないケースも多く、痩せている、被毛の質が悪いなどが見られます。
長期的な栄養不足による虐待・ネグレクト事例を対象にした調査では、対象犬の約6割が9段階のボディコンディションスコアで最低評価(1/9)に該当していたと報告されています[9]。
ビタミン・ミネラル欠乏
長期的な偏った食事により、皮膚や免疫に影響が出ます。
皮膚・被毛トラブル
毛玉(フェルト化)
特に長毛種では、被毛が完全に絡まり、皮膚を引っ張る状態になっていることがあります。これにより、皮膚炎、感染症、通気不良、血行不良、動きの制限などが起こります。
爪の過長
歩行困難や変形、肉球への食い込みが見られることもあります。

歯科疾患
慢性的なケア不足により、若齢でも重度の歯石沈着、歯周病、口臭が進行していることがあります[10]。
行動・ストレス関連
この記事は主に身体疾患に焦点を当てていますが、過密環境・刺激不足・社会化不足の影響で、極端な恐怖反応、攻撃性、分離不安などの行動問題を抱えていることも少なくありません。
これは「性格」ではなく、環境由来の要素が大きいものです[11]。
まとめ
多頭飼育崩壊から来た犬に多い問題は、特別な病気というよりも、「適切な環境と医療があれば防げたはずの問題が積み重なった状態」です。
- 予防されていない感染症
- 未介入の生殖器疾患
- 栄養不足
- 不衛生による皮膚トラブル
- 遺伝的リスク
- 環境要因による行動・ストレスの問題
これらは、適切な医療と環境で多くが改善・管理可能です。
重要なのは、「大変そう」で終わらせることではありません。
これらのリスクは、これから家族になる人があらかじめ知っておくことで、早期発見や適切なケアに繋げられるものです。
背景を正しく理解した上で、目の前の犬の健康を一つずつ整えていきましょう。
[1] PMC「Animal hoarding: a systematic review」(HARCの診断基準、栄養・衛生・住居・獣医療の最低基準を満たせない状態としての定義) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10668307/
[2] PMC「Challenges in Sheltering Seized Animals from Hoarders from a One Welfare Perspective」(HARC基準の詳細、過密・不衛生環境の具体的定義) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10647514/
[3] ScienceDirect「Assessment of potential zoonotic transmission of Giardia duodenalis from dogs and cats」(韓国のシェルター犬における原虫類の検出、過密・不衛生環境との関連) https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352771423001714
[4] PMC「Assessment of potential zoonotic transmission of Giardia duodenalis from dogs and cats」 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10728314/
[5] CAPC「Giardia」(人から人への感染が主で、犬から人への感染は稀とする専門機関の見解) https://capcvet.org/guidelines/giardia/
[6] PMC「Sarcoptes infestation in two miniature pigs with zoonotic transmission – a case report」(疥癬の人への一時感染例と、人の皮膚では長期生存できない特性) https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5850925/
[7] Bannasch, D. et al.「The effect of inbreeding, body size and morphology on health in dog breeds」(Companion Animal Health and Genetics)(227犬種の遺伝子型データに基づき、近交度の高い犬種で有意に高い罹患率を確認) https://link.springer.com/article/10.1186/s40575-021-00111-4
[8] Pedersen, N.C. et al.「A search for genetic diversity among Italian greyhounds from continental Europe and the USA and the effect of inbreeding on susceptibility to autoimmune disease」(Canine Genetics and Epidemiology)(近交と自己免疫疾患感受性の関連) https://doi.org/10.1186/s40575-015-0026-5
[9] American Journal of Veterinary Research「Markers of inflammation and infection are associated with prolonged recovery in dogs emaciated from long-term inadequate nutrition」(長期的な栄養不足による虐待事例246頭の調査、58.9%がボディコンディションスコア1/9) https://avmajournals.avma.org/view/journals/ajvr/86/12/ajvr.25.05.0155.xml
[10] PMC「A longitudinal assessment of periodontal disease in 52 miniature schnauzers」(口腔ケアがない場合、若齢でも歯周炎が急速に進行することを示す縦断研究) https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4236762/
[11] ScienceDirect「Extreme life histories are associated with altered social behavior and cortisol levels in shelter dogs」(多頭飼育崩壊・パピーミル由来犬における恐怖反応・分離不安等の行動特性と、慢性的ストレス・社会化不足との関連) https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0168159122001514
[12] PMC「Molecular Diagnostics and Control of Zoonotic Dermatophytosis」(皮膚糸状菌症の人獣共通感染症としての位置づけ)