所有権放棄(あるいは飼育放棄)」と言っても、背景は一つではありません。
丁寧にケアされていた家庭から手放された犬と、ほとんどケアされないまま放置・放棄された犬では、注意すべきポイントは大きく異なります。
ここでは、大きく2つのケースに分けて整理します。
① 今までは家庭でケアされていたケース
背景
- 室内飼育
- 定期的なワクチン・フィラリア予防あり
- フード管理あり
- 医療アクセスあり
いわゆる「普通に飼われていたが、人間の事情で手放されたケース」。
注意すべきポイント
● 慢性疾患・加齢に伴う疾患
- 肥満
- 歯周病
- 心臓病(特に小型犬)
- 内分泌疾患(甲状腺、クッシングなど)
→ 医療や食事のケアは受けていても、「最適」ではないことも。
● 高齢由来の疾患
- 腫瘍
- 関節疾患
- 認知機能の低下や変化 [1]
→ 高齢の飼い主が病気や施設入所などで飼育困難となり、放棄されるケースも多く見られます。
● 行動・メンタル由来の問題
- 分離不安
- 飼い主への過度な依存
- 環境変化への適応障害
→ メンタルケアや新しい環境への馴化に時間を要することがあります。

② 十分にケアされていなかったケース
背景
- ワクチン未接種
- フィラリア予防なし
- 未避妊・未去勢
- 栄養状態不良
- 屋外・放置環境
などのケア不足やネグレクト。
注意すべきポイント
● 感染症リスク
- フィラリア症
- 消化管寄生虫(回虫など)
- ノミ・ダニ媒介疾患(バベシアなど)
- パルボウイルス感染症(特にワクチン未接種の子犬)
→ 予防歴や駆虫歴が不明な場合、フィラリア検査と糞便検査が重要となります。
● 重度の外部寄生虫・皮膚疾患
- ノミ・ダニ大量寄生
- 疥癬(ヒゼンダニ)
- マラセチア皮膚炎
- 膿皮症
→ 「見た目」で分かることも多いが、慢性化しているケースも多くあります。
● 栄養不良・消化器トラブル
- 低栄養
- 慢性下痢や嘔吐などの消化器疾患
→ フード切り替えも慎重に行う方がベター。
● 生殖器関連疾患
- 子宮蓄膿症 [2]
- 乳腺腫瘍
- 精巣・前立腺疾患
→ 未避妊・未去勢であることが、これらの疾患リスクに関係します。
● 外傷・未治療疾患
- 骨折放置
- 咬傷跡
- 腫瘍放置
→ 「昔の傷」が残っていることも。

共通して見落とされがちな視点
● 「病気の多さ」ではなく「情報の少なさ」がリスク
飼育放棄犬で本当に問題なのは、
病気の有無そのものよりも、
- 飼育環境や生活歴
- 既往歴や予防歴
といった情報がわからないこと。
→ だからこそ、初期スクリーニングと経過観察が重要です。
まとめ
飼育放棄犬のリスクは、「放棄された」という事実ではなく、
その直前にどんな環境で生きていたかで決まります。
- ケアされていた犬 → 慢性疾患・シニアの疾患・メンタル面が課題
- 十分にケアされていなかった犬 → 感染症・栄養・外傷が課題
どちらが大変か、という話ではありません。必要なアプローチが違うだけです。
そしてどちらのケースでも、適切な医療と環境があれば、多くの問題はコントロール可能です。
参考文献
[1] Vitturini C, Cerquetella M, Spaterna A, Bazzano M, Marchegiani A. Diagnosis of Canine Cognitive Dysfunction Syndrome: A Narrative Review. Veterinary Sciences. 2025; 12(8):781.
[2] Hagman R, et al : A breed-matched case-control study of potential risk- factors for canine pyometra. Theriogenology, 75, 1251- 1257(2011)