野犬出身の犬に対して「病気が多い」というイメージを持たれることがありますが、実際には年齢によってリスクの内容は大きく異なります。
また、野外で生き残ってきた個体には生存バイアスがかかっており、単純に「弱い個体が多い」とは言えない側面もあります。
ここでは、子犬と成犬に分けて整理します。
子犬で注意すべき病気
回虫症
野犬の子犬に限らず、ペットショップやブリーダー出身の子犬でも非常によく見られる、子犬全般に共通する問題です。[1]
胎盤感染や経乳感染により、母犬が未駆虫であれば、ほぼ持っている前提で考えられます。[1][3]
未治療であれば、下痢や腹部膨満、発育不良の原因になりますが、駆虫によりコントロール可能です。[2]
一方、軽度の感染では目立った症状が出ないまま成犬になるケースも珍しくなく、成犬になると多くは無症状で経過します。(ただし体内から完全にいなくなるわけではなく、休眠状態の幼虫が残ることがあります)[3]
なお、犬の回虫(Toxocara canis)は、人には感染しうる人獣共通感染症です。
実際に発症するケースは多くありませんが、特に砂場などで土に触れる機会の多い乳幼児では、まれに眼や神経への障害につながることもあります。[1]
しかし、排出直後の虫卵には感染力がなく、感染可能な状態になるまで数週間を要するため、便が放置されている状況でなければ、過度に恐れる必要はありません。[2][3]
便をこまめに片付けることが最も有効な予防策であり、あわせて駆虫の管理と手洗いの習慣づけも推奨されます。
犬パルボウイルス感染症
犬パルボウイルス感染症は子犬の場合、無治療の場合の致死率が9割前後と非常に高い病気です。[5]
愛護センターや保護施設において、一定期間の観察(検疫)やウイルス検査を受けていない子犬を(直接の保護などで)家庭に迎える場合は、すでにウイルスに潜伏感染しているリスクも想定しなければなりません。
その場合は、ウイルスの潜伏期間を考慮し、先住犬猫がいる場合は、最低2週間程度の隔離を行うことが推奨されます。
出自にかかわらず、ワクチン接種歴や過去の環境が不明な子犬は、感染リスクを前提とし、獣医師の指示のもとで適切なワクチンプロトコルを進めます。
特に、捕獲された時の状況や時期のわからない子犬は、初乳をどの程度飲めたか(母犬由来の移行抗体がどれだけ残っているか)が分からないため、移行抗体の効果が正確に把握できません。
そのため、通常より慎重に複数回接種のスケジュールを組まれることが多くあります。
なお、嘔吐や下痢などの症状が見られた場合は、ワクチンでは対応できないため、速やかに動物病院で検査・治療を受けてください。
幸い、犬パルボウイルスは人間に感染することはありません。
しかし、人間の手や衣服、靴の裏などに付着して他の犬猫へ感染を広げる「媒介者」になってしまうリスクは極めて高いです。[6]
そのため、万が一お迎えした犬が罹患した場合、お世話の後は徹底した手洗いや、塩素系消毒液による衛生管理を徹底してください。
一方、ある程度大きくなったあとに保護された野犬の中には、パルボウイルスなど致死率の高い感染症の好発期(生後6週〜6ヶ月頃)を自然に生き延びてきた個体も一定数存在すると考えられ、感染を乗り越えて自然に免疫を獲得しているケースも存在します。[4][5]

外部寄生虫(ノミ・ダニ)
子犬でも成犬でも、野外環境では付着しているケースが多くあります。
貧血や皮膚炎(ノミアレルギー性皮膚炎を含む)の原因になることがありますが、駆除により改善可能です。
なお、ノミは瓜実条虫という寄生虫を媒介し、これは人にも感染しうる人獣共通感染症です。
また、ノミ・マダニ自体が人を吸血することもあります。
さらに、マダニは日本国内で「SFTS(重症熱性血小板減少症候群)」というウイルス感染症も媒介します。
マダニに刺されることに加え、感染した犬・猫の体液に触れることでも人に感染しうる、致死率の比較的高い人獣共通感染症です。[8]
SFTSは以前は西日本中心でしたが、近年は関東や東北、北海道など全国的に確認地域が拡大しています。[8]
なお、愛護センターなどを介さず直接保護した犬を迎える場合は、目視でノミ・マダニの寄生が確認できなくても、迎え入れ直後に予防的なノミダニ駆除を行っておくと安心です。
また、発熱・元気消失・嘔吐などの体調不良が見られた場合は早めに動物病院を受診し、野外での生活歴があることを併せて伝えると診断の助けになります。
犬糸状虫症
子犬では感染成立までに時間がかかるため、若齢個体では感染していないケースも少なくありません。
また、検査で検出できる時期にもタイムラグがあるため、検査が無効の場合もあります。
結果のみで判断せず、予防を前提とした管理が重要です。
バベシア症
上記の病気と比べると発生頻度は高くありませんが、マダニを介して感染する疾患で、犬同士の咬傷や、母子間の胎盤感染、輸血によっても感染することがあるとされています。[9]
マダニ由来の感染は、マダニが吸血を開始してからバベシア原虫が犬の体内に移行するまでに、およそ2〜3日を要するとされています。そのため、定期的な駆虫薬の投与で、この時間を作らせないことが最も有効な予防策です。[9]
以前は西日本を中心に発生するとされてきましたが、近年は関東・東北など東日本でも確認されており、分布域は拡大傾向にあります。[9]
発熱、貧血、元気消失などを引き起こすことがあり、治療は抗バベシア薬による駆虫が中心となります。
多くは治療により症状が改善しますが、完全な駆虫は難しいことも多く、回復後も生涯にわたって原虫を体内に保持したままになるケースも少なくありません。[11]
ストレスや免疫低下時に再発することがあるため、長期的な健康観察が必要です。
なお、バベシア症は人には感染しません。[10]
成犬で注意すべき病気
回虫症
成犬では、回虫は多くの場合問題になりません。
幼虫は体内に潜伏し、腸管での増殖は抑えられているため、無症状で経過することが一般的です。
この状態であれば、便中に虫卵が排出されず、新たな感染源になる可能性も低いとされています。
ただし、妊娠時には休眠していた幼虫が再活性化し、胎児や乳汁を介して感染が成立することがあります。[2][14]
また注意したいのは、「保護直後で免疫力が低下している成犬」の場合です。
過酷な野外生活による栄養不良やストレスなどで免疫が落ちていると、成犬であっても腸管内で回虫が成虫へと発育し、下痢を引き起こしたり、便と一緒に大量の卵を排出したりするケースもあります。[13][14]
成犬の保護であっても、必要に応じて駆虫薬の投与が必要となることもあります。
犬糸状虫症
未予防期間が長い場合、感染している可能性があります。
フィラリア検査が実施されていない場合は、迎え入れ後まず検査を受けることが推奨されます。
陰性であった場合も、感染直後で検査に反応しない期間の可能性があるため、その後は年1回の定期検査と、毎月の予防薬投与を継続することが重要です。
陽性であった場合も、治療は可能です。
日本では成虫駆除に用いる薬剤(メラルソミン)が入手困難なため、フィラリア予防薬と抗生剤のドキシサイクリンを長期間(半年〜1年程度)併用するスローキル療法が中心となります。
駆虫には時間がかかりますが、軽〜中度であれば数年以内に陰性化することも少なくありません。[12]
治療中は、症状に応じて心臓や肺への負担を減らすために過度な運動を避けるなど、獣医師の指示のもとで適切に管理すれば、犬の生活の質(QOL)を維持することは十分可能な場合が多いです。

バベシア症
上記の病気と比べると発生頻度は高くありませんが、成犬でも引き続き注意が必要です。特にマダニの多い地域では、継続的な予防が重要になります。
行動・ストレス関連
人との接触経験が少ない個体では、警戒心の強さや環境刺激への過敏性が見られることがあります。これは、犬にとって人や物事に慣れやすい発達段階(生後3〜12週齢頃の社会化期)を、人との十分な接触がないまま過ごしたことによる影響と考えられており、病気ではなく生存環境に適応した結果です。
個体差は大きいものの、時間をかけて少しずつ信頼関係を築くことで、多くの犬は落ち着きを取り戻していきます。焦らず、犬のペースに合わせて向き合うことが大切です。
まとめ
野犬出身の犬のリスクは、子犬と成犬で様相が異なります。
子犬では感染症や寄生虫への感染そのものが急性かつ重篤な問題になりやすいのに対し、成犬では同じ病気であっても、すでに感染・保菌している可能性を前提とした検査や、慢性的な管理が中心になります。行動面では、特に成犬では、社会化期に人との接触が少なかったことによる警戒心の強さが見られることがありますが、これも時間をかけた関わりの中で変化していくことが多いです。
重要なのは「野犬かどうか」というラベルや、「野犬は病気が多そう」という偏見ではなく、その個体がどのような環境でどのように生きてきたかを理解し、それに応じた対応を行うことです。
参考文献
[1] CDC DPDx Toxocariasis https://www.cdc.gov/dpdx/toxocariasis/index.html
[2] CAPC Ascarid Guidelines https://capcvet.org/guidelines/ascarid/
[3] 日本獣医師会「人と動物の共通感染症ガイダンス|トキソカラ症」https://www.tvma.or.jp/activities/guidance/infections/toxocariasis/
[4] Merck Veterinary Manual「Canine Parvovirus Infection」https://www.merckvetmanual.com/digestive-system/infectious-diseases-of-the-gastrointestinal-tract-in-small-animals/canine-parvovirus-infection-parvoviral-enteritis-in-dogs
[5] Duffy et al.「A Decade of Treatment of Canine Parvovirus in an Animal Shelter」https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7341501/
[6] CDC EID「Feline Panleukopenia Virus in Dogs from Italy and Egypt」https://wwwnc.cdc.gov/eid/article/28/9/22-0388_article
[7] Zoetis Japan「犬の寄生虫について」https://www.zoetis.jp/ca/dogs/simparica-trio/para/
[8] 神奈川県公式サイト「ペットの重症熱性血小板減少症候群(SFTS)について」https://www.pref.kanagawa.jp/docs/e8z/sfts.html
[9] 日本獣医師会雑誌「犬バベシア症」https://jvma-vet.jp/mag/06804/c1.pdf
[10] Baneth, G. et al.「Zoonotic Babesia: A scoping review of the global evidence」https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6936817/
[11] Solano-Gallego, L. et al.「Antiprotozoal treatment of canine babesiosis」https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0304401718301018
[12] 「Efficacy of semi-annual therapy of an extended-release injectable moxidectin suspension and oral doxycycline in Dirofilaria immitis naturally infected dogs」https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7539499/
[13]「Recurrent patent infections with Toxocara canis in household dogs older than six months」https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5051026/
[14]「Patent Toxocara canis infections in previously exposed and in helminth-free dogs after infection with low numbers of embryonated eggs」https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0304401707006322